助成金で広がる学会の可能性 ~申請の基本と採択率を高める企画ノウハウ~
2025年08月19日

はじめに 助成制度を活用する意義とその実例
学会運営で「予算の制約」に悩んだ経験、ありませんか?
参加費だけでは難しかった高度な企画や充実した運営も、助成制度を活用すれば着実に実現できます。
例えば、京都のとある学会では、日本学術振興会(日本の学術研究を総合的に支援する独立行政法人。文部科学省の所管。1932年に昭和天皇からの御下賜金をもとに創設。2003年から独立行政法人として運営)の研究成果公開促進費を用いて海外から講演者を招待。その結果、参加者数が大幅に増加しました。また、科学技術振興機構(日本の科学技術の振興を目的とする国立研究開発法人。文部科学省の所管。文部科学省の代表的な資金配分機関。1996年設立)の支援を活用して若手研究者の旅費を補助した事例では、産学連携の新しい接点が生まれたと報告されています。参加者からは「この助成がなければ企業との出会いは得られなかった」といった声も寄せられました。
助成金申請は、資金調達の手段であるだけでなく、申請書作成を通じて学会の価値や将来像を見つめ直す貴重な機会になります。2024年度以降は、ハイブリッド開催を支援する制度も整備され、現地参加者100名以上かつ県外参加者割合50%以上といった新条件にも対応可能になっています。助成金制度は、学会の国際化や活動の多様化を力強く後押しする推進力となるでしょう。

これから紹介する内容は、初めて申請する若手の運営担当者や、申請経験者プラスαの事務局メンバーの方々にとって、実践的で実務の参考になると思います。最新の情報は必ず各助成機関のWebサイトをご確認ください。
(参考)
科学研究費助成事業(科研費)|日本学術振興会
https://www.jsps.go.jp/j-grantsinaid
次世代研究者挑戦的研究プログラム(SPRING)|科学技術振興機構
https://www.jst.go.jp/jisedai/spring/index.html
SPRING事業概要|同志社大学
https://rd.doshisha.ac.jp/rd/inside/wakate/sprig/spring.html
札幌市ハイブリッドコンベンション助成金|公益財団法人札幌国際プラザ コンベンションビューロー
https://www.conventionsapporo.jp/conferences/pdf/2025/hybrid_funding.pdf
1. 企画意図の明確化と学術的価値の整理の重要性
助成金申請にあたっては、「なぜ今、この学会が社会に必要とされるのか」という問いに的確に答えられることが重要です。審査員は限られた時間で多くの申請書を精査するため、企画の独自性と学術的・社会的価値が早期に伝わる構成が求められます。審査員の限られた時間を意識し、簡潔で魅力的な文章を心がけましょう。
1.1. 企画の独自性と社会的意義の明文化
企画の差別化の根拠として、客観的なデータの提示が有効です。
例えば、次のような作文例は効果的です。
〇〇環境工学系の学会では「市民参加型研究」を企画の特徴として打ち出しました。過去5年間に開催された20件の学会プログラムを分析した結果、市民の参加割合が平均5%未満だったことが判明。参加自治体は12市町村(人口35万人相当)、市民参加率は300名中60名(約20%)、政策提言は3件、でした。このように、本企画では地域課題に対する具体的な戦略を提示しました。
こうした構成は「社会実装への展望」として高く評価され、採択につながる可能性を高めます。
1.2. 学術的価値の客観的評価と根拠の提示
「学術的に価値がある」という主観的な表現だけでなく、具体的な実績データによる説明が必要です。学会の年次大会の参加者数の増加や、論文の被引用数が増加したことを示すことは重要です。加えて、満足度調査、共同研究の創出、特許出願など、質的な成果を併せて紹介することで説得力を高めていけます。2025年度以降の科学研究費助成事業(科研費)制度でも、「研究のインパクト」や「若手育成の成果」を具体的な数値で示すことが重視される傾向にあります。ハイブリッド開催の場合には、サイトへのアクセス数やセッションでの回収アンケート数の提示も説得力が上がります。
(参考)
令和7(2025)年度 科学研究費助成事業 公募要領|文部科学省
https://www.mext.go.jp/a_menu/shinkou/hojyo/boshu/1394561_00010.htm
2. 申請準備・評価ポイント・採択に向けた工夫
助成金の申請、「せっかく時間をかけて書いたのに落ちてしまったらどうしよう…」そう考える方も多いのではないでしょうか。成功の鍵は、『審査員の立場に立って考える』姿勢にあります。平均して、審査員は1件の申請につき概要を約15分で把握し、その後30分前後で詳細を精査するケースが多く、短時間で魅力が伝わる構成が重要になります。
2.1. 申請書類の構成と記述のポイント
申請書は「30秒で概要が伝わる」ように分かりやすい構成にしましょう。
実際に採択された申請書では、企画概要(200字以内)で主旨を簡潔に説明し、続く背景・必要性のセクションでは、現状の分析と社会的ニーズを定量的に記述しています。実施計画には、具体的なスケジュールや責任体制、想定されるリスクと対策を記述すると効果的です。
表現においては、専門用語を避け、誰にでも伝わる平易な語り口を心がけることが求められます。例えば、「AIの精度向上を目的とした技術開発」のように、目的と手段を一文で伝える工夫が有効です。また、「参加者500名」「国際連携10か国」など、図式化による視覚的補強も有効です。
2.2. 予算計画の妥当性と透明性の確保
予算計画は金額の正確さ以上に、「積算根拠の明示」が重要です。
例えば、次のような積算根拠を明示します。
- 招聘旅費120万円(海外講演者4名×30万円)
- 会場費60万円(2日間×設備込み)
- 印刷費45万円(要旨集300部×1,500円)
- 人件費50万円(運営補助20時間×時給2,500円×10名)
- その他消耗品費25万円
といった内訳に加え、それぞれの見積もり取得先や選定理由(例:A社を選定した理由は価格と実績の両面で優れていたため)を記述します。また、助成金以外の財源(参加費、企業協賛、大学支援など)を明示することで、事業継続性に対する評価も向上します。
(参考)
よく頂く質問集 産学共同 共通事項|国立研究開発法人 科学技術振興機構
https://www.jst.go.jp/a-step/koubo/index.html
助成応募案内FAQ|公益財団法人トヨタ財団
https://www.toyotafound.or.jp/grant/faq/research.html
3. 採択後の運営と成果の最大化
助成金の採択は目的達成の「始まり」に過ぎません。採択後の運営を丁寧に行うことが、次回以降の申請における評価向上にもつながります。
3.1. 進捗管理と報告体制の構築
プロジェクトの進行状況を可視化することが、円滑な運営の鍵となります。月次モニタリングでは参加者数、協賛金額、プログラムの進行状況などを把握し、四半期分析では予算執行・リスク管理・満足度調査を行います。
さらに年次評価によって成果を総括し、次年度への改善につなげます。申込み期限が迫っていた学会の事例では、月次データによって参加登録の遅れを早期に察知し、SNSやメールによる広報強化で参加者数目標を達成しました。四半期ごとの報告によって企業協賛の声を反映し、満足度を高めています。
3.2. 成果の可視化と波及効果の創出
助成事業による成果は、学会内部にとどまらず、社会全体や学術界へ波及するような発信が望まれます。
例えば、査読付き論文による発表や学術誌への掲載、学会における発表など学術的な成果が重要です。加えて、地域紙への掲載、政策提言の作成、産業界との連携セミナーの開催など社会的レベルでの情報発信が加わることで、より広範な効果が得られます。
また、運営ノウハウの共有を目的としたネットワーク形成と普及資料の作成によって、他学会への波及も可能です。実際、学会運営ハンドブックを作成・配信した事例では、多くの学会の参画と1万回を超えるダウンロード実績を達成し、次の助成申請や政策連携へとつながっています。
(参考)
社会科学 助成実績報告書|公益財団法人 野村財団
https://www.nomurafoundation.or.jp/social/so_koubo/social_report_list.html
2022年度 事業報告書|公益財団法人 稲盛財団
https://www.inamori-f.or.jp/wp-content/uploads/2023/06/ActivitiesReport2022.pdf
「学会運営委員向け」学会運営の効率化をサポートするダウンロード集|これからの学会.com
よくある質問(FAQ)
Q1:採択率が低いと聞いたけど、本当に受かるの?
A1:初めての申請、不安ですよね。採択率はやや低めですが、過去の事例や成功のポイントを参考にしながら準備することで、採択の可能性は着実に高まります。
Q2:書類作成にどれくらい時間がかかる?
A2:準備から提出まで約4ヶ月程度を見込むと安心です。スケジュールに余裕を持たせることが推奨されます。
Q3:不採択だった場合、次の申請への影響が心配です?
A3:大きな影響はありません。不採択であっても、審査コメントをもとに改善点を明確にすることで、次回以降の成功率向上につながります。
Q4:複数の助成金に同時に申請できますか?
A4:可能です。ただし、各制度の規定を十分に確認した上で、申請内容を重複させないよう留意することが重要です。
Q5:採択後の報告義務はどのくらいですか?
A5:助成機関に対する中間および最終報告が求められます。事前に月次管理などで記録を蓄積しておくと、報告作業がスムーズです。
Q6:2024年のハイブリッド開催に関する助成金の対応状況は?
A6:多くの助成制度において、ハイブリッド開催への支援が含まれるようになっています。条件として、現地参加者100名以上・県外参加者比率50%以上などが加えられているケースもあります。
【すぐに使える】助成金申請成功のためのチェックリスト
申請前(4~6ヶ月前)
□ 類似助成制度の採択事例を5件以上調査し、企画の独自性や社会的意義を具体的に整理しておく。
□ 過去3年分の実績データを整備し、波及効果を定量的に捉えておく。
申請書作成(2~3ヶ月前)
□ 企画概要(200字以内)を先に作成し、専門用語を避けながら、分かりやすく記述する。
□ 予算は複数業者から見積もりを取得し、積算根拠を明示する。
□ 詳細なタイムスケジュールや図表・グラフなど視覚資料を用意し、リスクへの対応策も3パターン以上示す。
提出直前(1ヶ月前)
□ 第三者による内容確認を2名以上に依頼し、誤字脱字や表記の統一をチェックする。
□ 必要書類の提出漏れがないか確認し、締め切りの3日前には提出を完了しておく。
採択後
□ 月次で進捗を管理し、定期的な報告を実施する。
□ 成果は学術・社会・コミュニティの各層に可視化し、次回申請への活用に向けた記録整理と改善点の抽出を行う。
最新の助成金制度の変化と対応策
最近の助成金制度に見られる主なトレンドは、次の5つのポイントに集約されます。
- 社会課題解決とSDGsへの貢献の重視
- 多くの助成機関が、単なる学術的成果だけでなく、社会課題の解決やSDGs(持続可能な開発目標)への貢献を申請の重要な評価軸としています。
- 申請書では、「地球温暖化対策」「貧困」「ジェンダー平等」「地域活性化」といった具体的なSDGsの目標に、どのように貢献できるかを明記することが求められます。
- 例えば、環境工学系の学会であれば「気候変動対策(SDGs目標13)」、地域医療系の学会であれば「すべての人に健康と福祉を(SDGs目標3)」など、学会のテーマとSDGsを結びつける視点が重要になります。
- 若手研究者・女性研究者への支援強化
- 次世代を担う研究者の育成を目的として、若手研究者や女性研究者を対象とした専用の助成金が増加しています。
- キャリアの初期段階にある研究者の自立を促すための研究費や、ライフイベント(出産・育児など)と研究活動の両立を支援するための助成が整備されています。
- 申請書では、若手研究者の育成計画や、ダイバーシティ推進に向けた取り組みを具体的に示すことで、評価が高まる傾向にあります。
- ハイブリッド開催への対応と評価
- パンデミックを経て、学会運営におけるオンラインとオフラインの融合(ハイブリッド開催)が定着しました。
- 多くの助成機関が、ハイブリッド開催に必要な費用(オンライン配信設備費、プラットフォーム利用料など)を助成対象としています。
- ただし、単にオンライン開催を行うだけでなく、現地参加者とオンライン参加者の双方向的なコミュニケーションを促進する工夫や、地域格差を解消するための取り組みなどが、高い評価を得るポイントとなります。
- デジタル化・オンライン申請の促進
- 助成金の申請手続きは、紙媒体からオンラインプラットフォームへの移行が急速に進んでいます。
- 「jGrants(ジェイグランツ)」のようなオンライン申請システムを利用することが一般的になっており、申請プロセスの簡素化と効率化が図られています。
- 申請者側には、GビズIDの取得や、オンライン上での申請書類作成・提出への対応が求められます。
社会的インパクトと波及効果の可視化
- 助成事業が社会にどのような影響を与えたか、そのインパクトを客観的なデータで示すことがこれまで以上に重要視されています。
- 論文の被引用数や参加者数といった従来の指標に加え、メディア掲載実績、政策提言への反映、市民参加によるアウトリーチ活動の成果なども、重要な評価対象となります。
- 申請段階から、成果をどのように可視化し、社会全体に波及させていくかの計画を具体的に記述することが求められます。
申請書にはこれらの観点を反映し、「社会的インパクト」「持続可能性」への取り組みと具体的成果を記述しましょう。
(参考)
本連載シリーズの記事の【コラム】も参考にしてください。Q&Aや助成金関連のサイトをまとめています。
ネットでいつでも!補助金申請|jGrants(デジタル庁)
https://www.jgrants-portal.go.jp
まとめ 助成金活用による学会の質的向上をめざして
助成金の活用は、単なる資金調達を超えた、学会運営の戦略的な発展ツールです。適切な企画立案と説得力ある申請書作成で、学会の質的向上と学術コミュニティの発展を同時に実現できます。
成功への道は平坦ではありません。申請書作成には労力を要し、採択率も30%程度と厳しい現実もあります。しかし、挑戦を通じて得られるものは資金以上の価値があります。
初回の小規模な助成金から始まり、大規模な継続支援を獲得した学会も存在します。地方の小規模学会が助成金で国際化を推進し、国際学会に発展した事例も多数あります。「地方だから」「小規模だから」という制約を、戦略的活用で克服した好例です。
助成制度を「もらえたらラッキー」と考えるのではなく、学術的価値創造と社会貢献の重要な手段として真摯に取り組むことが大切です。一つの成功が次の成功を呼び、学会全体の発展と学術界の活性化につながります。
助成金申請の経験は、たとえ不採択であっても、必ず次の機会に活かされます。その過程で得た知見や人脈は貴重な財産です。失敗を「成功への第一歩」と捉え、挑戦を続けることが、学術コミュニティの発展につながります。
助成金への挑戦で得られた知見と人脈は、学会の未来を拓く貴重な財産となるでしょう。さあ、このノウハウを手に学会の新たな挑戦を始めましょう!
(参考)
助成財団センター|公益財団法人 助成財団センター
助成金募集への申請をご検討されている方へ|公益財団法人 日本財団https://nippon-foundation.my.site.com/GrantPrograms/s/