Zoom配信における音響設計と会場マイク設定の基本 〜伝わる声が学会を変える〜
2025年08月19日

はじめに 学会運営における音声の質が参加者満足度を決定づける
近年、オンラインやハイブリッド形式による学会開催が一般化し、Zoomなどの会議ツールは学術界にとって不可欠な存在となりました。学会運営に携わる私たちが日常的に耳にするのは、『音声が聞き取りにくくて内容が頭に入らなかった』や『途中でハウリングが起きて集中が途切れた』といった参加者の声です。
こうした技術的なトラブルが頻発する環境では、せっかくの研究発表も十分に伝わらず、内容の質と同等かそれ以上に音響環境が重視される傾向にあります。特にハイブリッド形式では、「会場の臨場感をオンライン参加者にいかに届けるか」が大きな課題となります。会場側のマイク設定一つで、オンライン参加者の体験は劇的に変わります。学会運営に携わる中で、多くのスタッフは適切な音響設計によって参加者からの評価が格段に向上した経験を何度も重ねています。
本記事では、参加者に「また参加したい」と思っていただける学会運営を実現できるよう、Zoom配信時の音響設計とマイク設定について、実践的なノウハウを体系的にお伝えします。
(参考)
本連載シリーズの記事も参考にしてください。
「Zoom活用で実現する新しい学会会議スタイル〜対話と参加を支えるハイブリッドの仕組み〜」
1. 会場設計とマイク選定・配置が品質のカギ
1.1 マイクの基礎知識と種類別活用法
音響設計の第一歩は、目的と環境に最適なマイクを選ぶことです。「どのマイクも同じ」と考えがちですが、実は用途によって大きく性能が異なります。
(1) ダイナミックマイク
ダイナミックマイクは頑丈で、大音量にも耐える特性を持っています。演台での講演や、会場内の質疑応答に適しており、電源不要で扱いやすいのが魅力です。ただし、細かな音のニュアンスは拾いにくい面があります。
(2) コンデンサーマイク
コンデンサーマイクは感度が非常に高く、講演者の声の微細な表現まで鮮明に収音できます。音楽ホールでの録音などにも使われる高品質なマイクです。一般的に、外部からの電源供給(ファンタム電源)を必要とするタイプが多いですが、USB接続や乾電池による内蔵電源タイプも存在し、使用環境に応じた選択が可能です。
ただし、構造が繊細なため湿気や衝撃には弱く、取り扱いには十分な注意が求められます。
(3) ピンマイク
ラベリアマイク(ピンマイク)は襟元に装着するタイプで、講演者が動き回っても安定した音声を確保できます。ハンズフリーなので、特に身振り手振りを交えた発表スタイルの方には欠かせません。テレビ番組で出演者が身につけている、よく見かけるタイプです。
(4) バウンダリーマイク
バウンダリーマイクはテーブル設置型で、パネルディスカッションや複数人での討論に威力を発揮します。一台で広範囲をカバーできるため、コスト効率も良好です。
(5) ショットガンマイク
ショットガンマイクは特定方向の音を集中的に拾う指向性(音を拾う方向性)を持ち、周囲の雑音を効果的に排除できます。会場が騒がしい環境での収録に適しています。
(参考)
【初心者向け】用途別おすすめマイク!音響のプロが基本の選び方を解説|JATO
online shop
https://www.jato.jp/magazine/audio/microphone-choice
マイクとは?4つの種類と指向性の特性|マサツム
https://note.com/masatsumu/n/n226a9b0f3d99
音響機器の基礎知識|日本音響学会
1.2 会場規模に応じたマイク配置の最適化
(1)小規模会場(30名以下の会議室など)
小さな会場では、機材の数を抑えつつ効果的な収音を実現することが重要です。卓上型やバウンダリーマイクを会議テーブルの中央に設置し、講演者にはラベリアマイクを装着していただくのが基本パターンです。
この際、スピーカーとマイクの距離を最低2メートル以上確保し、音の回り込みを防ぐ配置を心がけます。経験上、距離が不十分だとハウリング(キーンという不快な音)が発生しやすくなります。
(2)大規模会場(100名以上のホールなど)
大きな会場では、演台にグースネック型のマイク(ガチョウの首(goose neck)のように細長く曲げられる支柱を持つマイクのこと)を設置し、質問者用には複数本のワイヤレスハンドマイクを用意します。会場の奥まで音を届けるため、ディレイスピーカー(音の遅延を調整するスピーカー)の設置も検討しましょう。
ここで注意したいのは、ハウリング防止のためのスピーカーとの位置関係です。マイクの指向性を活かし、スピーカーの音を直接拾わない角度での設置が肝要となります。音響の専門家は「マイクはスピーカーに背を向けるように設置する」とよく表現します。
2. ハウリング・音量差・マルチマイク運用の工夫
2.1 ハウリング対策とエコーキャンセリング技術
ハウリングは学会運営者にとって最も避けたいトラブルの一つです。参加者が驚いて集中を乱されるだけでなく、機器に損傷を与える可能性もあります。
基本的な対策として、マイクとスピーカーの物理的距離を十分に確保することが第一です。単一指向性マイク(一方向からの音を主に拾うマイク)を使用し、スピーカーの音を直接拾わない配置を徹底します。
ミキサーのイコライザー機能を活用し、ハウリングが起きやすい特定の周波数帯(通常は2,000Hz〜4,000Hz付近)を予め抑制しておくことも効果的です。また、Zoomの「エコーキャンセリング」機能を有効にし、配信ループを防ぐ「マイナスワン」設定(会場のスピーカーからZoomの音声を除外する設定)も忘れずに行います。
実際の現場では、「テスト時は問題なかったのに本番でハウリングが発生した」というケースもあります。これは会場に人が入ることで音の反響特性が変わるためです。そのため、可能であれば参加者が入った状態でのリハーサルを行うことをお勧めします。
開演前によく見かける「チェック。チェック。ただいまマイクのテスト中!」というアレですね。
(参考)
予算3万円でプロレベルのZoom自前配信|これからの学会.com
マイナスワン設定方法|これからの学会.com
2.2 音量バランスの調整とミキシングの重要性
複数のマイクを同時使用する際は、音量バランスの調整が参加者の聞きやすさを大きく左右します。ミキサーを使用して各マイクの音量を個別に調整し、ヘッドホンでリアルタイムモニタリングを行いながら最適なバランスを見つけます。
事前に発表者へマイク使用法(口との距離は15〜20cm、一定の声量維持など)をご案内し、当日の音量変動を最小限に抑えることも大切です。「マイクに向かって話す」という基本を意外に多くの方が忘れがちですので、簡単なレクチャーがあると安心です。
オンライン発言者についても、適切なミュート管理と音量調整を心がけましょう。司会者がオンライン参加者の音量を調整できるよう、事前に操作方法を確認しておくことが重要です。
3. Zoomの音声機能とトラブルシューティング
3.1 Zoomのオーディオ設定と最適化
Zoomには多くの音声機能が搭載されていますが、学会配信に特に重要なのは「オリジナルサウンド」の有効化です。この機能により、音楽や楽器音なども含めて高品質で配信できるようになります。
ノイズ抑制レベルは「中」程度に設定し、過度な処理による音声の不自然さを避けます。「高」に設定すると、せっかくの自然な声質が損なわれることがあります。また、使用するマイクとスピーカーの選択を正確に行い、テスト通話で事前確認を怠らないことが重要です。
多くの経験則である、「設定は完璧だったのに当日うまくいかない」というケースは、このテスト通話を省略したことが原因です。5分程度の簡単なテストでも大きな違いが生まれます。
3.2 よくある音声トラブルとその解決策
Q: 音声が全く聞こえない場合は?
A: まずZoom内のオーディオ設定、次にOS側の音声設定を確認し、オーディオ機器の接続状態もチェックします。意外に多いのがミュートボタンの押し忘れです。「音声に参加」ボタンを押し忘れているケースも頻繁に見られます。
Q: 音声が途切れたり遅延が発生する場合は?
A: ネットワーク環境の安定化が最優先です。可能な限り有線LAN接続を使用し、Wi-Fi使用時は5GHz帯域を選択しましょう。また、他のアプリケーションを終了してZoomに処理能力を集中させることも効果的です。
Q: 音声が歪んだりノイズが混入する場合は?
A: 入力レベルが過大になっている可能性があります。ミキサーやオーディオインターフェースの入力ゲインを下げ、機材の接続状態も点検してください。「大きな声で話せば良い音になる」という誤解が原因となることもあります。
Q: 複数人の声のバランスが悪い場合は?
A: 各マイクの感度設定を個別に調整し、発言者には適切な距離でマイクを使用していただくよう案内します。パネルディスカッション形式では、司会者が音量バランスを確認しながら進行することが大切です。
まとめ 学会らしさを保ちながら、音響環境を整えるために
Zoom配信における音響設計とマイク設定は、単なる技術的な課題ではありません。どれほど素晴らしい研究内容であっても、音が適切に届かなければ、参加者の理解も感動も半減してしまいます。それは、学会の成功と学術交流の将来を左右する、極めて重要な要素です。
適切な準備と工夫により、ハウリングや音量差といった問題は解決可能です。参加者の立場に立った快適な音響環境の整備は、円滑な議論を促し、学術交流の質を向上させます。常に最新の情報にアンテナを張り、必要に応じて専門家の知見を活用することが、事務局には求められます。地道な、その一歩一歩が学会の新たな可能性を切り拓く力となります。
伝わる声が、学会の未来を拓く力となるでしょう。