アンケート結果を学会運営改善に活かすには? ~参加者の声から得られるヒント~

2025年08月27日

はじめに アンケートが学会運営にもたらす気づきと価値

アンケートは、学会が自らの運営と向き合い、改善へと踏み出すための重要な手がかりとなります。参加者の声は、学会運営における質の向上や方向性の検討に不可欠な情報源です。

学会には研究者、大学生・院生、企業の担当者、一般市民など、多様な立場の人々が関わります。一人ひとりが異なる視座を持ち込むため、それらを丁寧に収集し整理することは、組織としての持続可能性を高め透明性を保証する営みです。この文脈で「アンケート調査」は古典的かつ普遍的な手法として機能し続けています。質問紙としての単純性を持つ反面、その背後には現場課題や潜在的ニーズを可視化し、将来像を描く指針としての力が隠されています。

アンケートは、単なる一方的な情報収集にとどまらず、参加者と運営側との間に「対話のきっかけ」を生み出します。その声を丁寧に読み解き、真摯に応えることで、参加者は自身が学会を構成する一員であるというエンゲージメント(帰属意識、絆)を強めることができます。

ただし、設問設計が過度に複雑化したり集計や分析に追われると、集めた声を活かしきれないことも少なくありません。アンケートを「実施して安心」で終わらせないためには、回答を読み解き、可視化し、着実に運営へとフィードバックしていくことが必要です。

ここでは、設問設計から収集、分析、そして改善への落とし込みまでの一連の工程を体系的に整理し、学会運営に活かすための視点と工夫を考えます。

1. 設問設計と実施タイミングで率直な意見を集める

参加者の率直な声を得るためには、「どのような質問を、いつ尋ねるか」に十分な配慮が求められます。アンケートの品質は、設問内容そのものと同じくらい、実施のタイミングや状況設定にも依存しています。

1.1. 回答の負担を減らす設問設計のコツ

回答者にとって「答えやすさ」は最も重要な条件です。設問数が過剰である、あるいは質問の狙いが曖昧である場合、回答の途中離脱が生じやすくなります。結果的に有効回答数が減少すれば、調査自体の信頼性も揺らぎます。

具体的な設問設計例:

  • 抽象的:「全体的にご満足いただけましたか?」
  • 具体的:「講演の内容やボリューム、時間配分についてどの程度ご満足いただけましたか?」

設問は「本当に必要な情報」を抽出する形で設計することが大前提となります。問いの方向性が整理され、回答者の解釈ぶれが少ない設問は、質の高いデータの取得につながります。

また、質問表現にも工夫が求められます。学会という専門色の強い場であっても必ずしも参加者全員が同分野の専門家ではありません。専門的な表現を避け平易な言葉に置き換えることで、多様な立場の参加者にとって答えやすい問いとなります。

さらに、数値化によって全体の傾向を把握する設問に加え、自由記述を組み合わせることで回答者の声をより豊かにすくい上げることができます。

「講演への感想」や「次回に期待する企画内容」といった軽いガイドを添えれば、自由記述への心理的ハードルも低下し、具体的な改善案に結びつく意見が得やすくなります。

設問形式の選択も重要です。多肢選択式や単一選択式は回答負担が軽く、評価の全体像を素早く掴むのに適しています。一方で、5段階評価のようなスケール形式は、回答の「グラデーション」を捉えるのに有効です。オンラインで実施する際は、回答進捗バーの表示や、質問分岐機能を利用することで、回答者のモチベーション維持を保つことができます。

1.2. 実施タイミングが回答率と回答の質を高める

「いつ実施するか」でアンケートの質と回収率は大きく変わります。学会閉会直後に受付やオンラインで案内すれば、展示や講演に関する記憶が鮮明な状態で実務的な意見を引き出せます。即時性を活かすことで、実働的で具体的な改善ヒントが得られます。

実施タイミング別の効果:

  • 即時実施(学会直後):記憶が鮮明、具体的な意見収集に適している
  • 数日後実施:冷静な振り返りが可能、建設的な提案が得やすい
  • 1週間後実施:全体的な印象と具体的課題のバランスが良い

一方で、事前に「終了後アンケートをお願いする予定です」と参加者に伝えておけば、心理的に”評価を前提に参加する視点”が生まれます。回答時には既に参加者の頭の中で整理ができている傾向があり、結果として回答の深度や具体性が増します。学会抄録やプログラム冊子にアンケートの導線を含めておくのも、自然で効果的な導入策です。

さらに、学会そのものの方向性や長期的課題を問いたい場合には、総会前など時間的距離を置いた調査が適しています。時間を少し空けることで冷静な振り返りが可能になり、運営全体に関する落ち着いた意見や方針提言を集めやすくなります。

2. 集計・分析・改善フィードバックへの活用ステップ

アンケートは「集めたまま」では意味をなしません。集計や可視化、分析を行い、さらに実際の改善へと結びつけて初めて価値が生じます。そのためには段階を踏んだステップを体系的に組み込み、流れとして確立する必要があります。

2.1. 回答を「見える化」して全体像を把握する

はじめに回答を集計し、内容を視覚的に捉えやすい形式へと変換していくことから始めましょう。定量データと定性データの両軸から全体像を描くことが基本です。

定量分析

まず回答を集計した後は、棒グラフや円グラフなどを使って、データを視覚化します。例えば、5段階評価の回答データをグラフ化することで、参加者の満足度の分布や傾向がひと目で分かります。

満足度などは、「満足」「やや満足」「普通」「やや不満」「不満」といった区分ごとに集計し、色分けして整理すると、会場での参加者の感触を直感的につかみやすくなります。

次に、クロス集計という、質問項目同士の関連分析も重要です。例えば、年代別に満足度や関心分野を比較することで、若手とベテラン、企業参加者など、各層ごとの特徴や要望が浮かび上がります。

このような工夫により、複数項目の分析結果も、流れのある説明文のまま自然に読みやすくできます。この方法により、箇条書きの利点(読みやすさ・情報整理)と、流れる自然な説明文の調和を保てます。

必要なら「ポイント」「事例」「教訓」など目的別にセミ見出しで区切るのも効果的です。「満足度の高い回答者の属性」や「交流機会を求める声がどの年代に多いか」といった、より深い傾向を探ることができます。

実際の分析事例:日本気象学会をはじめ、多くの学会では、クロス集計により以下のような傾向が報告されています。

  • 若手研究者(20-30代):「交流機会の充実」を重視する傾向
  • ベテラン研究者(50代以上):「専門性の深い講演」を優先する傾向
  • 企業参加者:「実用的な情報提供」に高い関心を示す傾向

定性分析

自由記述の回答は、内容が多様で解釈にばらつきが出やすい特徴があります。最近では、その文章をコンピュータで解析し、よく使われる言葉や関連の深い言葉の組み合わせを自動的に見つけ出す『テキストマイニング』という技術が注目されています。

例えば、参加者が多く指摘している問題のキーワードや、複数の意見が共通しているポイントを科学的に抽出できます。これにより、膨大な意見の中から共通のテーマや課題を効率よく見つけることができるのです。

これにより、「どのような問題意識が多く語られていたのか」「複数の観点がどのように交差していたのか」が定量指標として把握できます。

さらに、集めた意見を「強み」(Strength)「弱み」(Weakness)「機会」(Opportunity)「注意すべきこと」(Threat)の4つに分ける『SWOT分析』という方法を使えば、学会の現状を分かりやすく整理できます。こうすることで、今後どんな改善が効果的かを考えやすくなります。学会が置かれている状況を客観的に把握し、より戦略的な改善策を立てることに役立てます。

(参考)

統計学の基礎から応用まで:なるほど統計学園|総務省統計局

https://www.stat.go.jp/naruhodo/index.html

統計分析の具体的な手法:統計分析手法の解説、分析事例のご紹介 | (株)データサイエンス研究所

https://www.stat.go.jp/kouza/6.html

SWOT分析とは?テンプレートを使ったかんたんなやり方【具体例付き】|ferret One

https://ferret-one.com/blog/swot

若手研究者アンケートの回答集計結果の公開について|日本気象学会

https://www.metsoc.jp/PDenq2008/kekka/index.html

2.2. 結果を運営改善に活かすためのフィードバック

集計と分析の成果を改善に落とし込む段階では「優先順位をどうつけるか」が鍵となります。要望をすべて実現するのは非現実的であるため、「参加者の不満が集中した領域」「学会の理念と直結する課題」から取り組むことが現実的かつ納得感のある改善策になります。

改善事例:

一般的に、「交流の機会が少ない」という声に対しては、以下のような具体的改善策が効果的とされています:

  • テーマ別ネットワークセッションの新設
  • 発表者との小規模対話枠の導入
  • オンライン交流プラットフォームの構築

これらの改善により、参加者満足度の向上が期待できます。

そして、改善の過程や計画を報告書やWebサイトで広く示すことは重要です。参加者に「声を受け止め、改善が進められている」と伝わること自体が、学会への信頼を醸成します。フィードバックは参加者や社会との重要なコミュニケーションです。

3. アンケート結果を最大限に活かす視点と工夫

アンケートは過去の問題を拾うツールというだけではなく、未来をつくるための設計資料となり得ます。質問の立て方や既存データとの組み合わせ方によっては、戦略的な運営をバックアップする強力な資源に変わります。

3.1. 問題解決に留まらない未来志向の設問設定

設問を「現状評価」に限定せず、「将来像を問う形」にすれば、参加者は評価者ではなく共創者として位置づけられます。

未来志向の設問例:

  • 「次回取り上げてほしい研究テーマは何ですか?」
  • 「今後強化すべき施策として期待することは?」
  • 「5年後の学会に期待する姿を教えてください」

このような未来志向の設問により、従来の診断技術から最新のAI技術まで、幅広い要望を収集し、次年度企画の参考とすることができます。

これによって双方向性が強調され、学会が単なる提供者から「共につくる場」へと進化していきます。

3.2. 既存データと組み合わせて見えてくる新たな価値

アンケート単独の分析に加え、参加者属性データや過去の実績と組み合わせることは有効です。学会の「構造的特性」が浮かび上がってきます。

データ統合分析の手法:

多くの学会では、長期間のデータ分析により以下のような傾向が明らかになっています。

  • 若手研究者:「人脈形成」への関心が年々増加する傾向
  • ベテラン研究者:「最新技術動向」への関心が上昇する傾向

この変化を受けて、世代横断型のメンタリングセッション(先輩研究者による若手向けの指導・相談会)を新設する学会が増加しています。

さらに過去の結果と比較することで「改善点がどれだけ反映されたか」を評価でき、これは単なる運営改善を超えて「努力の可視化」としても機能します。参加者は組織が継続的に進化している様子を確認でき、信頼基盤の強化につながります。

この一連のプロセスは、いわば「PDCAサイクル」そのものです。アンケートで課題(Plan)を発見し、改善策を実行(Do)し、その効果を評価(Check)し、次の運営計画へと反映(Action)させていく。このサイクルを継続的に回すことで、アンケートは一時的な調査ではなく、恒常的な組織改善のエンジンとして機能し始めます。

まとめ 参加者の声を将来の学会運営に結びつける方法

アンケートは、参加者と運営側との対話の出発点です。その中には学会が開かれた場として発展していくためのヒントが凝縮されています。設問設計やタイミングを工夫し、結果を真摯に受け止め改善へと還元することで、声は単なる感想や批判ではなく「未来をともにつくる知」へと転換されます。

成功する学会アンケートの要素:

  • 戦略的設問設計:回答しやすく、具体的で、未来志向
  • 適切な実施タイミング:記憶の鮮明性と冷静な判断のバランス
  • 体系的分析:定量・定性両面からの多角的評価
  • 確実な改善実行:優先順位を明確にした具体的改善策
  • 透明性の高いフィードバック:改善過程の可視化と共有

民無信不立

論語にある『(たみ)信無(しんな)くんば()たず』が示すように、信頼こそが学会の根幹です。参加者の声を正面から受け入れ、改善へと活かす姿勢は、学会を持続的に発展させる原動力そのものです。「声をどう活かしたか」を見えるようにし共有する姿勢を大切にすることこそ、次につながる学会運営の要となります。

(参考)

ポストイベントレポート|学会ビズ

https://gakkai.biz/gakkai-dictionary/184-PostEventReport.html

民、信無くんば立たず|Web漢文体系

https://kanbun.info/koji/tamishin.html

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